創業110年の歩み

 今年、創業110年を迎えるに当たり、現在の株式会社アオキに至るまでの歴史の記憶を振り返ってみました。
株式会社アオキは明治30年頃、室蘭村大町(現在の室蘭市中央町1丁目、室蘭プリンスホテル付近)で、青木千賀之助、妻の石野(旧姓大滝)が創業したのが始まりです。
青木千賀之助は宮城県雄勝町分気浜(現在の石巻市)の出身、大滝石野は山形県鶴岡市の出身です。室蘭は四方を海に囲まれ、当時の海岸は豊富な海藻の宝庫だったようです。そういった状況から、創業当時は「海産物の集荷販売業」を営んでおりました。
 明治35年には青木千賀之助、石野夫妻に長女チヨが誕生、商売は順調に営なまれておりました。
明治末期、室蘭は大火にあい、400戸以上もの家屋が焼失するという大惨事に見舞われております。青木の家屋も全焼し、商品はもとより商売にかかわる書類、記録等を焼失いたしました。しかし、二人は室蘭町大字千歳町7番地(現在の中央町)で営業再開を果たすことができました。

先の火災でそれまでの公式な書類が全て焼失したため、長女チヨの生年月日、明治35年(1902)5月2日を弊社の創業年月日とあらため、今日の株式会社アオキの礎となる「 青木」を設立いたしました。
その後、長女チヨは鈴木 稔と結婚、稔は青木千賀之助の営んでいた「海産物の集荷販売業」の事業を継承いたします。
 大正14年には、現会長青木春雄が青木稔、チヨの長男として誕生いたします。
事業を継承した青木 稔は、創業当時から営まれてきた「海産物の集荷販売業」は縮小し、缶詰など時代に先駆けた新しい食品、西洋風の食料品卸業「缶詰問屋の青木」に転換いたします。
しかし、昭和14年(1939)9月第二次世界大戦が勃発。軍事色が色濃くなり、戦争が長期化すると同時に、物資はすべて軍優先となり、さまざまな物の使用制限がなされるようになりました。

青木 春雄
青木 春雄

青木 春雄

・昭和15年(1940)戦時統制令で、販売業務の一時中断を余儀なくされました。
・昭和20年(1945)終戦。
・昭和24年(1949)営業再開。
 食料品卸問屋「株式会社青木商店」を設立。
青木 稔を代表取締役社長、現会長の青木春雄が専務取締役に就任、営業販売に邁進してまいりました。

愛知トマト(現カゴメ株式会社)時代の特約店看板
愛知トマト(現カゴメ株式会社)時代の特約店看板

戦前から特約店契約を締結しておりました、愛知トマト株式会社(現在のカゴメ株式会社)のソースやケチャップ、株式会社中島董商店(現在のキューピー株式会社)のマヨネーズ、雪印乳業株式会社の雪印バター等とは早々に取引が復活いたします。
 戦後の規制緩和と共に景気も上昇、人々の食生活が欧米化するとともに、需要も右肩上がりに伸びてまいりました。
しかしながら日本の高度経済成長に伴い、広い売り場面積と、長時間営業の大型スーパーマーケットの伸びが著しく、1960年代の流通革命の流れに伴い、販売経路が大きく様変わりいたしました。

1960年代の株式会社青木商店
1960年代の株式会社青木商店

小規模一般食品卸売業問屋の経営が非常に難しくなってきた時期でもあります。時代の流れには逆らえず、事業内容を一新すべく決心を余儀なくされることになります。
社名は「株式会社アオキ」に変更、青木春雄が社長に就任。近年は、学校給食用向けの食材販売に特化し、全国の都道府県学校給食会へと販路広げております。
現在は、北海道産の農産物・海産物の冷凍食品製造販売、学校給食用デザート等の販売を主力としております。
会長青木春雄は平成24年(2012)9月末日を持ちまして、現職を退きました。
大きな会社になるよりも、取引先に信用のある企業に育つ努力を忘れることなく、次の世代に継承させて頂きます。今後ともご指導、ご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
本来であれば、多くの皆様からの長きに渡り賜りましたご厚情には、お一人お一人にお礼を申し上げなくてはなりません。略儀ではございますが、書中をもちまして深くに深く感謝しお礼申し上げます。

株式会社 アオキ
会長 青木 春雄
株式会社アオキ 〒051-0011 室蘭市中央町2丁目4番8号 TEL:0143-24-1234 FAX:0143-22-3210
Copyright© 2012 株式会社 アオキ All Rights Reserved.